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落葉、そして始まり〜2022年秋〜


早いもので、もう師走。

皆様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

ここ天川も、朝晩の冷え込みに吐く息の白さに気づき、寒さがひとしお身にしみるころとなりました。

さて、前回は【プロジェクト完了報告】と題しお送りさせていただきました。また、嬉しいことにメール等々もいただき、大変励みになると共にまた気合いも入りました。

このクラウドファンディングで掲げた船岡山への植樹活動は完了しましたが、前回の完了報告でも記載した通り、我々の取組みには終わりがなく100年先を見据えて動いております。植樹した樹木や山の様子なども引き続きご報告させていただきます。



|| 黄金色の大銀杏




船岡山の斜面下にある大銀杏の木は、今年も眩しいほどの黄金色に紅葉しましたが、週末にかけて続いた長雨ですっかり葉が綺麗に落ち去りました。




しかし、今年も見せてくれた黄金色に染まった美しさは目に焼き付いており、見上げた世界だけでなく、木の下も黄金に染まり、四方八方とこの一帯が、眩く神々しい場所になっていました。


|| 四季折々に変化する風景画


大銀杏の木を真下から見るのもなかなかの迫力があり良いのですが、大銀杏の木の横から見える船岡山の景観も、季節によって表情が変わり、ぜひ天川にお越しいただいた際には見ていただきたいおすすめの場所の一つです。





ここからは、大銀杏の木の背後にそびえ立つ船岡山との景色がまるで絵画のように四季折々の表情を垣間見せてくれます。

そして、ちょうど2年前の写真と比較してみると、船岡山全体の姿もこのプロジェクトを行う前後で、大きく変わったなぁとつくづく実感してなりません。



▲2020年11月初旬(クラウドファンディングの取組の準備をしている年の秋)



▲2022年11月初旬ごろ


太陽の位置の兼ね合いもあると思いますが、全体的に明るく感じます。開放感はさることながら、間伐も何もできずにずっと放置してしまっていた樹木等の重さが多少なりとも山には負担となっていたのでしょう。山から聞こえてくる声・表情も軽やかさを感じます。



|| 船岡山の杜にも秋の彩り


実際に山に登ってみると、また違う表情の船岡山、そして、坪内の姿が見えます。






船岡山の頂上から見える坪内は、錦秋の装いが広がりつつあります。





また、11月上旬に、役場の方にお声がけさせていただき、頂上までご案内をさせていただきました。




天川村に生まれ育ったというこの方も、船岡山の頂きから見える景観は想像以上に美しいと大変お悦び頂きました。 



|| 白秋


こうして船岡山に登り様々な作業などをしていると、気持ちの良い風が吹き込み、さわさわと音を響かせながら木々を揺らし、葉がひらひらと舞い散る姿に束の間、静寂さと時の流れを忘れてしまいます。




東風が吹いて春がきて、南風が吹き夏になり、そして、西風が吹き秋がくる。こうして今吹きかけてくれているこの風は「西風」の最後の後押しで「木枯らし」。風で樹木が揺れるたびに、気持ちよさそうにその風に乗りながらひらひらと舞い散る葉を見ていると自然と肩の力も抜けます


“自然に委ねる”、これでいいのだね』と、ふと呟いてしまいました。






西風がはきだしてくれたのは、まるで煩悩もはらい落してくれているようにも感じました。だから、「白秋」と表現されるのも、夏の朱、炎のような煩悩が西風とともに薄らぎ、黄色になり、そしてそれがより澄んでいくとになる。



船岡山にいると自ずと身も心も“白く”なっていく、そんな感覚に包まれます。



|| 煩悩、そして、成長



風の吹くままに木々を揺らし、葉を落とす樹木の姿からは「いやいや!」という無理やり感はなく、”スゥッ”と音が聞こえてくるかのように枝と葉が“つながり”の部分(「葉柄(ようへい)」)が力を抜く瞬間が数多に響きわたっているようにも感じてしまいます。




落葉樹であるこれらの樹木は、自ら落とした葉が土に還ることで自らの養分になり、自らの肥やしになっています。





そこには、この春から夏にかけてたくさん養分を吸い上げ光合成をした新しい葉が展開され、秋になり古い葉を落し、それが肥やしになるという自分の力で生きるという生命の力強さが、どこか私たち人間に照らし合わさるところがあるのではないでしょうか。

私たちも日々の暮らしの中で様々な経験や喜怒哀楽含め様々な感情や学びもえてきた中で、どこかでそれが煩悩となり、それに縛られてしまう時として苦しみに陥ってしまうこともありますが、煩悩を消し去るとふと気持ちが軽くなる。  一方で、この一年で得た様々な”学び”が”肥やし”になり、次への成長へと活かす、振り返りと新たな成長のきっかけになることも。



毎年綺麗な紅葉を見せてくれている樹齢1000年以上の大銀杏の木が、そぉっとその姿から語りかけてくれているようにも感じる天川の晩秋でした。




|| 我々も学び、そして、成長へ繋げる


そんな自然が教えてくれることに耳を傾ける中で、我々自身、第1回目のプロジェクトを実行完了してからの新しい年を迎えた一年でしたが、早速学びとして振り返ることがいくつかでてきています。

その一つは昨年末に植樹した苗木についてです。




300本以上の苗木を昨年末にこの船岡山の斜面に植樹をしましたが、大きい苗から小さい苗木まで大きさは様々。今年は様子を見ながら成長を見守ってきましたが、この秋になり顕著に成長が止まってしまっている苗木が目立ってきました。



代表の西岡曰く、植樹した際にもっときちんとしっかりと埋めてあげるべきだった等反省の弁もありましたが、やはりこれもやってみないとわからない部分でもあったりします。無論、その他にも改善するべき、工夫するべき点はあるのかもしれません。

ただ、話をしていて思うのは、やはり”植樹”という単なる行為で終わるのではなく、念頭に入れてはいたものの、あらためて、「一本一本の苗木という生命と向き合い、この船岡の杜に新しい生命を宿す」その思いをまた一人一人大切に抱きながら植樹する、という根幹の部分を蔑ろにしてはいけないという、学びであり教訓も得たように感じています。





また、例え枯れてしまっていたとしても、自然の力はすごいもので、折れた手前のところから新しい芽がでてきたり、表層部分は枯れていても木の麓をみると新しい枝が伸びてきていたりと様々です。

そのため、山の様子、樹木の様子等々をもう一度みながら、枯れてしまった苗木をどうするかをまた考えて作業していきたいと思っています。




|| 葉を落とし、ここからまた始まり



さて、船岡山という小さいながらも様々な生命の鼓動が聞こえ感じる杜の中に身をおいていると、また四季折々の自然の姿から学ぶことが今年も多くありました。

秋から冬にかけ、年の瀬に向かうので“終わり”という刹那さもひとしおに感じますが、自然というのは全て循環であり、終わりも始まりはないといえども、この落葉する山々・樹木をみていると実はここからが”新たな始まり”なのだといささか感じざるをえません。





そんな我々も、斎庭を結成してから早2年以上の月日が経ちます。

山岳信仰の永い歴史を持つ奈良県天川村の天河神社を囲う山林に、人と自然と神々が共に生きた原初の風景、「鎮守の杜」へと蘇らせるといことを目標に、今できることを一歩ずつ進めておりますが、こうして多くのみなさまのご支援を賜りながら進められることに悦びと共に責任も感じております。

 

当初は村の任意団体団体として発足しましたが、この先の活動のことを考え様々議論を重ね、法人格としてしっかりと責任を伴う組織として活動していくべく、本年9月吉日に社団法人への登記申請が受理され、「一般社団法人天河斎庭」と、改めて出発いたすことになりました。




我々も様々な学びを一つ一つ糧に、そして肥やしにしていき、さらなる成長へと繋げていくと共に、10年後、30年後、いや50年先になるのか・・・ただ100年後の秋には、天河神社を囲むこの山林一体が、まさに錦秋に染まる色鮮やかな「鎮守の杜」へと蘇らせられるように、引き続き、誠なる精神で努力してまいる所存です。

末筆ながら、今後とも一層のご指導 ご鞭撻とご支援を賜りますよう謹んでお願い申し上げます。



〜追記:今日の一枚〜



▲2022年11月に、我々斎庭の活動にご協力いただいている方々をお連れして、代表の井頭が「天女の舞」を始め、天川村のブナ林を始め目指すべく自然のあるべき本来の杜の姿を実地にて案内してくれました。 井頭から学ぶことの多さは、語り尽くせるかと思うほど貴重な話ばかりでした。 標高1470Mの高さの山の中では、葉が全て落ちておりましたが、歩くその足先からは”サクサク♪”という枯葉の音ともに、”フワフワ”な感触が底圧の登山靴からも感じる柔らかい土の上で、気づくと心もフカフカでした♪。 陽が適度に入り、落葉した枯葉が自ずと養分になる。また、改めてこの時のレポートもまとめてご案内させていただきたいと思いますが、いつの時か船岡山もこのフカフカを感じる土壌になり、天川で気軽に感じてもらえる場所の一つになればと、筆者個人として思う体験でもありました。

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