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新たな船出へ向けて


日中の暖かに春の兆しを感じる頃になりましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

ここ天川も、一雨ごとに春めいており、春の息吹が心地よく感じております。



|| 山とは?


先日、偶然観たNHKのある番組で「山とは何?」という特集をしておりました。


確かに何?と言われるとどう答えるのかな・・と思っていたところ、監修をしていた先生(東京都立大学の鈴木毅彦教授)は「おできとしわ」と面白い表現で答えられ、『どういうこと・・?』とついつい見入ってしまいました。


先生曰く、日本の山は1万6000以上あるといわれていますが、実は日本における山の定義は「明確化されていない」というのが実情なのだそうです。(意外でした!)

山は、火山噴火で出た溶岩や火山灰が積み重なって出来るパターンと、地面同士がぶつかって出来るパターンと2種類あると。その例えとして、前者を”おでき”で、後者を”しわ”と表現され、面白い!と頷いてしまいました。

例えば、地球の表面は1年に2cmから20cmほど移動していますが、その動きの中で地面同士がぶつかってデコボコにせり上がり、その過程でできるのが「山脈」。日本で2番目に高い山である北岳を含む南アルプスも、約100万年前に本州から離れた場所に合った伊豆半島が地殻変動で移動し、長い時間をかけて雨や風で冷やされて塊になって山になった、とのこと。


そこで思ったのが、我々が住まうここ天川村も、近畿最高峰八経ヶ岳(1,915m)をはじめとした標高1,000〜2,000mの「近畿の屋根」といわれる大峰山系の山々に囲まれた山の中にあります。


ここの地形もまた約100万年前の地殻変動によるものなのでしょうか。そう思い、あらためて山々を見渡すと、なんとも感慨深い思いになります。




|| 山に刻まれた地形



どうしてこういう話になったかというと、今回植樹をする場所である「寺峰の杜」の一部分が大々的に工事されているが、この工事は何のためなのか?という支援者の方からのご質問がきっかけでありました。


そもそも、平成27年7月の台風11号が天川にも上陸、地滑りが発生しました。この地滑りが原因で、斎庭のメンバーも引越しを余儀なくされた者や、家を解体せざるをえない状況になった方もいらっしゃり、大きな被害をうけました。


そのため、現在行われているこの工事は、ここに4つの集水用の井戸をボーリングするなど地滑り防止工事になります。(再来年(2025年)には工事が終わる予定とのこと)

この地滑りもまた針葉樹のみの山になってしまったことが原因であるのか?と、代表2人に問いたところ、今回植え替えをする落葉樹は根が横に強く広がり吸水力も強いため、否定しがたい部分もあるが、問題はそこではなく山の地形に原因があるのであろう、と答えられました。


|| 地に歴史あり


そもそも地滑りが発生した場所には、元々畝りがあり、水が溜まりやすい地形でもあるとのこと。つまり、これは山が形成される中でできた自然の形であることはいたし方がない、という言葉が、前述した偶然目にした“山とは?”という問いかけへの答えと重なる部分があり、余計に見入ってしまったところがありました。(これは専門家による正式な回答ではなく、斎庭の代表による見解であることを予めご了承ください)


そうした中で、あらためて坪内の地形図を広げながら、過去の情報を聞いてみると、井戸があった場所がきちんと水脈に沿って作れられていたことや、埋め立てされてしまったが池があった場所や、川がこの坪内の中に巡っていたという話など、今の坪内の姿からはまた想像ができない古の姿を垣間見ました。




古文書や古地図などを照らし合わせながら、情報の整理をより進めて行こうと思っておりますが、こうしてあらためて思うのが、目には見えなくとも、この地の下には今もなお、水脈がしっかりと巡っており、「水」がこの地を語る上では欠かせない要素であると。また、天河神社に水の神様でもあられる弁天様をここに鎮座していただきお祀りしているというのも、会得してしまいます。



|| 新たな船出


そうした中で、このプロジェクトの一つでもあった船岡山の展望台についても少しずつ形になってまいりました。

(当初は弥山にある天河神社の奥宮の遥拝所の建立を企てておりましたが、様々作業を進めていく中で、口伝で伝わっている話や、古地図もでてきたりしました。その中で、遥拝所は坪内の別のところに在ったとのこと。そのため、船岡山の頭頂部を無理に遥拝の場所にするべきなのではという意見もあがり、他の形態を探っておりました。経緯については「プロジェクト完了報告」内で記載させていただきました。)


全容はあらためてご報告をさせていただきたいと思っておりますが、考えている背景にあるのはやはりこの地に在る””にあります。



まだまだこの地にある様々な歴史や情報などを整理していかなければいけませんが、我々としては想像以上のものと自負しており、皆さまにとってもこの地に息づく悠久の自然の息吹を感じていただけるものになるのではないかと思っております。

悠久の歴史の流れにまた新たな風が吹き込みそうです!




【お知らせ】

お知らせさせていただいておりました「植樹祭」のお申し込みの受付期間が昨日まででしたが、申込をまだできないか?というお問合せもありましたので、本日3月1日まで受付を延長させていただきました。もしお申し込みをまだご検討いただいている方がいらっしゃいましたら、リンクページよりお申し込みください。


また既にお申し込みをいただきました方々も誠にありがとうございます!事務局より、受付完了メールをお送りさせていただいておりますが、もしまだ届いていないという方がいらっしゃいましたら、お手数ではありますがお知らせくださいませ。




〜今日の1枚〜


この地にある歴史を読み解いていくのは楽しい反面、焦りもでてきております。文章として保存されているものは一部で、口伝だったり、その方しかもう知らないという内容のことなども。

今回、お話を聞いている中で一番驚いたのが「天河狂言」があったということ。1人の方は、祖先が実際に狂言師で各地に行脚していたという話も。

「鎮守の杜」へと蘇らせるということを目論み、活動している我々ではありますが、同時にこういう歴史というのもまた紡いでいかないといけないと思い、できることを少しずつしていかなければなと思っております。

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